イタリアの風:Chigusa Kuraishi Blog

art08.exblog.jp ブログトップ

IL Nilo a Pompei : Museo Egizio

トリノのエジプト博物館に、9月15日行って来た。エジプトのカイロ博物館の次に、世界で2番目にエジプトの美術品の収集品が多いことで知られている。私がここを訪れたのは3回目で、今回は、大規模な企画展をしていた。2016年3月5日から9月4日までの予定が、10月2日まで展示期間が延長されていた。
f0178334_23394119.jpg
f0178334_23400564.jpg
“ナイル川とポンペイ”古代ローマ世界の中のエジプトの視点―というエジプトの文化がギリシャ、古代ローマ(ローマ帝国)にいかに影響を及ぼしたか、7つのテーマに分けて探るというもので、ポンペイ文化財事務局、ナポリ国立考古学博物館の協力を得て、大規模なプロジェクトが実現した。
f0178334_23403209.jpg
f0178334_23134330.jpg
この日の朝、友人に「エジプト博物館に行きなさいよ。いいわよ~」と、勧められた。でも過去行った時に、コスタンティノープル(東ローマ帝国:現在トルコ)の子供のミイラのところで、激しい動悸と頭痛がしたため、「ちょっと重い、やめとこうかな」という気分であった、でもこの日の朝、イタリアの一般紙コリエレ・デッラ・セーラが、勇気ある女性ジャーナリストで作家のOriana Fallaci の本を新聞と一緒に発売していて、“La paura e’ peccato”:“恐れは罪”というキャッチフレーズが目に飛び込んできた。もちろんジャーナリストの使命や義務というような別のもっと重要な意味を伝えていたのだと思うけど、そんな小さなメッセージにも心が動かされるもので、観に行くことにした。この展覧会も入ってすぐのところに、男のミイラが横たわっていて、やっぱり、動悸がして、手に汗をかいてしまった。「死んだ人が多くの人にこのようにみられるっていうのは、どういうものだろうか?・・彼の魂は成仏できているのだろうか?」などと考えると複雑な気持ちがするのである。右手に持った展示品を説明する音声ガイドは、壊れたように、何度も何度も繰り返し、狂ったように映像もチカチカとし、音声が違う音声とだぶって雑音になっている。エスカレーターを上っていくと、空間に一人になっていることに気づき、ますます心臓はバクバク、パニクッってしまった、展示回路がすこしわかりにくいのにも、苛立った。アー怖かった。
f0178334_23103469.jpg
美しい彫刻や、魅力的な象徴的な図、神格化した動物など見ていくうちに、周りに人も多くなって来て、だんだん落ち着いて、いつの間にか至福の時間を過ごしていた。「なあんだ、大丈夫じゃん」という気持ちになっていた。「ほっ」
f0178334_23112776.jpg
“Il Blu Egizio エジプトのブルー建築家ヴィトゥルヴィオ Vitruvioは、ブルーの絵具を最初に発明して製造したのは、エジプトのアレッサンドリアだったと語っている。ヴェストリオという当時有名だった商人が、製造を始めて、ポッゾォーリ(ナポリ)で産出、生産された。実際に、4王朝、エジプトに顔料があったことが、記されている。(紀元前2543-2436A.C)絵画にアズッロ:青が使われていた。シリカ(ケイ素の酸化物)銅や、銅の塊(クジャク石)石灰、ナトロン. と温めて混ぜてつくった“:という説明があった。
f0178334_23124564.jpg
ポンペイに行くのが夢だったが、イタリアに何年もいて、恥ずかしながら、まだ行ったことがない。東京に住む友人の画家は、毎年ポンペイに東京から行っていた・・・。トリノでその夢の、ポンペイ壁画を観ることになるとは思っていなかった。やっぱりかなり好きだ。絶対にポンペイ(ナポリ)に行ってもっと観ようと心に誓った。
f0178334_23115433.jpg
エジプトの絵は、日本の水墨画にもどこか似ているところがある。ポンペイのテンペラ画も日本画に似ているところがある。凄いと思ったのは、枕だった。エジプト人がつかった枕は、日本髪の女性の使っていた枕と同じだった。でもこの枕って、死んだ人を寝せたのかな、これで寝ていたのかな。
[PR]
# by Art-Chigusa | 2016-09-19 23:43 | Altri

ポピュリズム政党:ローマ市長ヴィルジニア・ラッジ

6月に行われた地方選挙によって、イタリアのローマの市長に、改革を促す「五つ星運動」から出馬した、
ヴィルジニア・ラッジが選ばれた。ローマ史上初の女性市長の誕生は日本でも大きく報道された。
この38歳の女性弁護士は、清潔感のある聡明な雰囲気の政治家だ。
過去には、ローマの前市長が、マフィアとの癒着が明るみにされて、公費流用疑惑で辞任、ラッジに改革の
期待がかかっている。

ところが、今3か月も経たたないうちに問題が出て来た。9月1日、ローマ市の経済評議員、執務委員長、水道、運搬、ごみ処理関係の代表議員(ラッジの助役)5人が、次々と辞任。ラッジがこのまま市長として続けて行けるかどうかが、注目されている。2日、ラッジは涙ながらも「続けて行きましょう」とコメント。「五つ星運動」の代議員副委員長ルイジ・ディ・マイオは、「まだ始まったばかり。「五つ星運動」の市長であることは、易しいことではない。この挑戦を受けて立つ」と宣言した。現在問題になっているのは、ごみ処理の問題で、ラッジの執行部の環境・評議員パオラ・ムラーロは、不正疑惑で捜査中であったことを、ラッジは知っていて、公にしなかったことも、問題視された。ラッジは、執務長と、「五つ星運動」の幹部には、話をしていたそうだ。

7日には五つ星運動の党首でコメディアンのベッペ・グリッロが、ローマの街頭に立ち、「パーフェクトではない。我々にもミスはある」と過ちを謝った。、ラッジは「私の背後には大きな協力者たちがいる。このまま前進する」と新たに、「五つ星運動」の団結とローマの改革の使命を果たすことを誓った。そして、ローマ市は2024年の五輪の候補地になっているが、ローマで実現できるかどうか、ローマ市の政治改革が可能か、今後が注目されている。

ごみ処理の問題はナポリやローマだけではなかった。ペルージャも2015年、ごみ処理の企業の14人が検察庁から尋問され、8人の不正が明るみに出て、一部の地域に環境汚染の深刻な問題を残した。
美しい緑の溢れるウンブリアはもとより、イタリアの私たちの食卓に上る、野菜や果物が、自然な汚染のない土からとれたものでなければならない。

「五つ星運動」政党は、批判運動から発展して、今や大きな影響力を持つ勢力政党に発展してきている。
シンボルである5星は、社会が守り抜くべき概念(発展・水資源・交通環境主義・インターネット社会)を指している。

ヴィルジニア・ラッジとともに、トリノでもキアラ・アペンディーノが同じ「五つ星運動」からトリノ市長に就任したが、批判することは簡単だが、経験のない若い政治家が、
実際に成果を上げることができるかどうかが疑問視されている。他政党の批判が多く、“リフォルマ”:“改革案”も、説得力に欠ける。しかし政治経験豊富で元トリノの市長ピエロ・フランコ・ロドリフォ・ファッシーノは、「批判するならば、まずここへ来てやってみてから言えばいい」と言っていた張本人が、実際に自分の座をとられることになったことは象徴的である。“誠実”を唱える「五つ星運動」どこまで、行けるのか?
イタリアには、政治改革を望む人が増えていることは明らかである。
f0178334_438153.jpg

[PR]
# by Art-Chigusa | 2016-09-08 04:41 | Altri

Dacia Maraini all'Universita' per Stranieri di Perugia

Ieri Lunedi' 25 Luglio 2016 L'universita' per Stranieri di Perugia
ha ospitato la scrittrice Dacia Maraini
イタリアの小説家・劇作家・詩人ダーチャ・マライーニが25日、ペルージャ外国人大学に招待され、アウラ・マーニャ音楽堂で講演を行いました。
映画監督、小説家、詩人、思想家、神話的な鬼才で、謎の死を遂げたピエル・パオロ・パゾリーニの話、
何と彼女はパゾリーニの下の階に住んでいたとか!
何年も生活を共にした重要なイタリアのネオリアリズモの代表的な小説家アルベルト・モラヴィアの話もあり、とても興味深い価値の高い講演でした。
モラヴィアは、恥ずかしがりで内気なパゾリーニとは逆の性格で
以外にも、外見の厳格な雰囲気と違って、陽気な楽しい人だったとか。
幼いころ、戦争中、日本で捕虜になっていた頃のこと(1943年両親や姉妹と外国人収容所へ移送された)も話していました。
ピノキオの童話の素晴らしさや、男女のあり方の変化、権利など、
最近亡くなったSkyTg24の45歳の女性ジャーナリストレティツィア・レヴィティの最期の挨拶にも触れて、その中でこの女性は「真実を報道する」重要性をシンプルに語り
人々の心を打ったという話などです。

Photo by Tanya Edda Clara Giacometti
f0178334_18214683.jpg

[PR]
# by Art-Chigusa | 2016-07-26 18:23 | Altri

Kaze no yukue Postmodernissimo Perugia


5月23日

イベント「風の行方」の第2弾は、巨匠小津安二郎監督作品の上映です。ペルージャの映画館チネマ・ポストモデルニッシモで、5月23日から6月27日まで6本を毎週月曜日に上映します。また、映画館のロビーでは、期間中、伊藤順子の作品「賽は投げられた」、「ああ、イタリアの風よ」ほか、倉石千種の「黄金の波」を展示しています。

5月23日の初日には、「東京物語」が上映され、満員の大盛況でした。上映に先立って、倉石千種が小津安二郎と原節子について解説しました。また、ゲストとしてイタリア国営放送の人気番組“Fuoriorario”で有名な映画評論家エンリコ・ゲッツィが登場し、小津作品の素晴らしさを力説して、観客に感銘を与えました。
f0178334_23491695.jpg


May 23

The 2nd event “KAZE NO YUKUE”, is a screening of the master Yasujiro Ozu works.
His six works are on screen at the theater PostModernissimo, from 23 May to June 27, every Monday.
Also, in the movie theater lobby, during this period, we are showing works of Junko Ito "Sai was thrown," "Oh, the Italian Wind" and the "golden wave" of Chikusa Kuraishi.

On the first day of May 23, "Tokyo Story" is screened, it was a great success appreciated full house. Prior to the screening, Chigusa Kuraishi described Ozu and Setsuko Hara. In addition, Italian state broadcaster from the popular program "Fuoriorario" the famous film critic Enrico Ghezzi appeared as a guest, and introduced magnificence of the works by Ozu, sharing his impressions with the audience.
f0178334_23495938.jpg


f0178334_23502031.jpg

f0178334_235189.jpg

[PR]
# by Art-Chigusa | 2016-06-02 23:52 | My works

Keze no yukue PostModernissimo Perugia

Cinema PostModernissimo Via del Carmine 4

DAL 23 MAGGIO AL 27 GIUGNO 2016
OGNI LUNEDI ALLE 21:30

IL FILM DI YASUJIRO OZU
VIAGGIO A TOKYO 23 MAGGIO
FIORI D’EQUINOZIO 30 MAGGIO
TARDO AUTUNNO 6 GIUGNO
IL GUSTO DEL SAKE’ 13 GIUGNO
BUON GIORNO 20 GIUGNO
TARDA PRIMAVERA 27 GIUGNO


小津安二郎監督 映画 の上映 21:30~

(Chigusa&Junko作品映像上映・作品の展示)
5月23日(月) 東京物語
5月30日(月) 彼岸花
6月 6日(月) 秋日和
6月13日(月) 秋刀魚の味
6月20日(月) お早う
6月27日(月) 晩春

Omaggio a Yasujiro Ozu e Setsuko Hara

Sono felice di organizzare al PostModernissimo, in occasione del 150° Anniversario dell’Amicizia Italia-Giappone, questa rassegna cinematografica dedicata ad uno dei maestri assoluti del cinema nipponico e mondiale.

A questo proposito vorrei ringraziare il PostModernissimo, che ha promosso questa iniziativa e assieme al quale spero di portare avanti altri progetti per la promozione del cinema Giapponese qui a Perugia.

In questo caso la rassegna aumenta di valore, grazie anche alla partecipazione di importanti critici e storici del cinema di caratura nazionale che introdurranno le opera e faranno conoscere al meglio il film e l'autore al pubblico di Perugia.

La retrospettiva sarà, per l'appunto, inaugurata da Enrico Ghezzi, volto e mente della Rai, autore di Blob e Fuori Orario, che attravero il suo lavoro è stato uno dei massimi divulgatori dell'opera di Yasujiro Ozu in Italia.

Proprio l’anno scorso è scomparsa Setsuko Hara, attrice-mito, icona del cinema giapponese, spesso protagonista delle pellicole di Ozu. Setsuko ha lavorato con i più grandi registi, con Akira Kurosawa, ad esempio, che l'ha diretta ne “L’idiota” (1951) o Naruse Mikio con il quale ha lavorato ne “Il pasto”, ma io ritengo che Ozu sia davvero riuscito a tirare fuori tutto il suo fascino indimenticabile! Per fare un paragone, anche se lo stile è molto diverso, direi che questa grande attrice è la Sofia Loren del Giappone, un talento istrionico e meraviglioso unito però all'eleganza e alla raffinatezza di Claudia Cardinale. Un unicum nella storia del cinema che non ha né la figura minuta né il viso appiattito di una comune donna Giapponese, ma piuttosto la figura scultorea di una donna occidentale.

Setsuko emanava un’aura di purezza, per la quale tutti la definivano “l’eterna vergine”. Si diceva che sarebbe stata la sposa ideale di Ozu, e che i due si sarebbero sposati, ma invece rimasero entrambi soli senza mai unirsi in matrimonio per il resto della vita. Nel 1963 Ozu morì, e dal quel momento lei abbandonò la carriera di attrice, aveva solo 42 anni.

Anche in onore di Setsuko abbiamo organizzato questa rassegna: in omaggio al suo lavoro e per esprimere cordoglio per la sua dipartita.

Quando ero studentessa universitaria, e poi quando lavoravo a Tokyo, andavo sempre al Cinema Namiki-Za (Teatro di Namiki). E ogni volta che vedevo i film di Ozu, mi emozionavo a tal punto da raggiungere le lacrime, piangevo commossa dalla grandezza di quelle opere, la stessa grandezza che riusciamo a ritrovare ora che i 6 film che abbiamo scelto di mostrarvi sono stati restaurati. E' una grande occasione per apprezzare a pieno la bellezza originale dell'opera di Ozu.

Nelle sue pellicole l’occhio della telecamera rimane spesso più in basso dello sguardo degli attori, che in questo modo vengono “elevati” ed appaiono più presenti sullo schermo, con maggiore forza. Ozu sceglie quasi sempre di non muovere la macchina da presa, ma vuole un punto di vista, una unica inquadratura dalla quale osservare la scena fissandola su forme ben precise, inquadrando le forme con purezza... uno sguardo, questo, che dal punto di vista occidentale può essere definito come ascetico, Zen.

Sono profondamente convinta che Ozu sia grande, non solo per la bellezza “calcolata” di questo stile perfetto, ma anche perché capace, più di tutti, di riportare il dramma della quotidianità e delle storie familiari in un cinema come che troppo spesso ha la vocazione di cercare la porpria natura nella spettacolarità; un modo di narrare unico che vive con e nelle emozioni dello spettatore, perché prima o poi tutti siamo chiamati a vivere l’esperienza della verità crudele e profonda. E' per questo che lo spettatore del mondo non può contenere le lacrime di compassione per la “mononoaware” (consapevolezza e rammarico della precarietà delle cose) come i personaggi che ci ha regalato Ozu !
Io credo che le storie dei film di Yasujiro Ozu colpiranno il cuore di tante persone anche a Perugia.

f0178334_2339173.jpg

 このたびイタリア日本国交150周年記念イベントとして、ペルージャの映画館ポストモデルニッシモにおいて、日本映画史の巨匠・小津安二郎の映画を紹介できる運びとなったことをたいへん嬉しく思います。今回の上映では、最近イタリアで修復された6本の小津の映画を特集し、良好な画質でご覧いただけることになりました。

 小津映画の常連のヒロインで、伝説の女優というべき原節子が昨年他界したこともあり、今回の上映は、はからずも彼女の追悼の場ともなりました。彼女は黒澤明の「白痴」や成瀬巳喜男の「めし」など、他の日本の監督の名作にも出演していますが、やはり小津が一番彼女の魅力を引き出しているように思われます。全くタイプは違いますが、神話的な偉大な女優として、その存在感においてソフィア・ローレンに、その気品においてクラウディア・カルディナ―レにも比肩すべき存在ではないでしょうか。彼女は、体格がよく骨太で、顔の作りが西洋的で彫りが深く、純潔な雰囲気があって、永遠の処女と言われました。小津監督とは結婚の噂がありましたが、2人とも生涯独身を貫きました。小津が1963年に亡くなると、42歳で彼女は引退します。

 私は大学生の時も、東京の企業に就職した後も、今はなき銀座の名画館・並木座によく通い、小津の映画を観ては必ず涙を流したものです。

 小津映画ではいつも、カメラが極端に低い位置に据えられて、やや仰角気味にとらえた人物に、堂々たる存在感と個性が与えられています。移動撮影をほとんど用いないその画面は、完璧に設計されたスタティックな構図によって、西洋の観客にとってはしばしば禅的な神秘主義とも結びつけられてきました。私は小津の映画が素晴らしいのは、そのような完璧な技術がもたらす美だけではなく、彼がいつも描く家族と過ごすささやかな日常のドラマのなかに、誰もが経験する人生の残酷で痛切な真実が含まれているからだと思います。だからこそ、世界中で小津映画を観る人々の多くが、登場人物たちが醸し出す「もののあわれ」の世界に共感の涙を流さずにはいられないのではないでしょうか。

 今回の上映作品をご覧いただくペルージャの方々が、小津映画の繊細なストーリーに必ずや感動されるものと確信しています。   
f0178334_2339291.jpg

[PR]
# by Art-Chigusa | 2016-06-02 23:41
line

ペルージャ在住 アーティスト


by C.K
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28