イタリアの風:Chigusa Kuraishi Blog

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イタリアは憲法改正に国民が反対

憲法改正“ノー”、イタリア、レンツィ首相辞任。
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憲法改正“ノー”、イタリア、レンツィ首相辞任。

イタリアでは4日、イタリアの憲法改正の是非を問う、国民投票が行われ、

憲法改正が否決されることに決まった。

(反対:59.5%、賛成:40.5%)

レンツィ首相(41)は、4日深夜、記者会見を開き、

辞任を表明した

今回の国民投票は、イタリアの改革に取り組む、レンツィ首相への信任投票とみられていた。

本人も進退をかける発言をしていた。

憲法改正は下院と同等の権限を持つ上院の権限を縮小し、不安定な政治への要因とされる制度を改善する目的で、

改正案が2年間の審議を経て、2016年4月12日与党の賛成多数で成立していた。

(確かにアメリカの議員数と比較すると、アメリカ 定員数535人に対してイタリアは945人 

アメリカの上院議員数は100に対してイタリアは351人 アメリカの下院議員数435人に対して、

イタリアは630人。どう見ても多すぎる)

しかし、反対派は、改正案がよくできていない。いい改正ではないと批判していた。

同じ民主党員の中でも、元首相、元外務大臣マッシモ・ダレーマや民主党書記長ピエール・ルイジ・ベルサーニなどは

反対していた、ローマの市長ヴェルジニア・ラッジもFacebookに“ノー”に投票することを明かしていた。

イル・ファット・クォティディアーノ紙のマルコ・トラヴァリオ・ディレクター(編集長)

は、「憲法は我々のもの」と題して、イベントを支え、憲法が「イタリアの歴史の中でも、最も美しい書類」だと説得していた。

民主党から出馬して元々は市民の側に立つ政策を約束していたレンツィ首相が、公約を実現せずに、

キャリアを駆け上った後には、大きな権力をもつ金融、大企業、機関に有利な政策を実施しようとしているという批判を耳にする。

昨夜 イタリアのテレビLa7 のディレクター エンリコ メンターナは、

「強い権力に反対する市民の勝利」と叫んだ。イタリアのポピュリズム政党「五つ星運動」の波は、益々勢いを増している。

五つ星運動を率いるコメディアンのベッペ・グリッロ氏は「1週間以内」の選挙実施を求めているが、

レンツィ首相の与党・民主党が多数派の暫定内閣が発足し、2018年に予定される選挙まで、行政の実施を担うと見られている。

 ラ・レップブリカは、ピエール・カルロ・パドアン氏、ジュリアーノ・アマート氏、

グラツィアーノ・デルリオ氏、ダリオ・フランチェスキーニ氏、ロマーノ・プローディ氏、

ピエロ・グラッソ氏、パオロ・ジェンティローネ氏、カルロ・カレンダ氏を暫定内閣候補に挙げている。


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by Art-Chigusa | 2016-12-05 21:09 | Altri | Comments(0)

Una finestra su Tokyo

La mostra “Una finestra su Tokyo” a Firenze
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Kumi Suzuki : Origamare

Esposizione di 50 artisti giapponesi a Firenze,3 Ottobere- 8 Ottobere 2016 Museo Bellini,
Lungarno Soderini 3
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10月8日、フィレンツェで行われた、50人の日本人アーチストによるグループ展を観て来ました。
フィレンツェの駅から徒歩10分、ポンテベッキョからも近い、とてもいい場所、
ベッリーニ美術館の中で行われました。(Lungarno Soderini 3)
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絵画、彫刻、着物を洋服にアレンジした服や、帯でつくられたバック、折り紙、ジュエリー、陶器、
ウェディングドレス、シャツ、漫画、イラスト、などなど、色々な表現の作品を観ることができる、
展覧会でした。
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東京・吉祥寺のギャラリー「創」と“Iroha” Associazione Culturale giapponeseの企画によるもの。
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シンプルなシルバーのジュエリー Kaoruko NakashimaのVersiColoriは、
無駄のない軽い、美しい幾何学の遊び
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古い着物を細かく縫い合わせた服は、かなり買いたくなった1品でした。
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鳴尾朱家さんの造形服
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by Art-Chigusa | 2016-10-14 00:07 | Altri

ai Weiwei LIBERO


La Mostra

ai Wei wei LIBERO

FIRENZE

PALAZZO STROZZI

23 Settebre-22Gennaio 2017

A Cura di Arturo Galansino

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中国の現代アーチスト、アイ・ウェイウェイの展覧会が、フィレンツェのストロッツィ宮で、

開かれている。

ストロッツィ宮は、高級ブランドのブティックの並ぶフィレンツェの中心街にある。

ルネッサンス期の邸館建築で、15世紀に銀行家フィリッポ・ストロッツィが、

ベネディクト・ダ・マイアーノに依頼して建てられた風格のある美しい建物だ。

アイ・ウェイウェイはオレンジの救命ボートをこの建物に張り付けた。

REFRAME”と題されたインスタレーションは、規則正しい窓のフレームになっていた。

現代イタリアも含めヨーロッパの大きな社会問題である移民を想起させる。

シンプルでありながら、強いメッセージを伝えている。

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中国で起きた地震(2008年5月四川大震災)をテーマにした作品が心を打つ、リュックサックを組み合わせた蛇が壁を這う。

床の木の箱に死の影を感じさせるが、その上に白い鉄の棒が蛇のように這っている。この悲しく不安な作品は、美しくもあった。

一つ一つの作品は明確な社会的メッセージを伝えている。形や色は洗練され無駄がない。

アートの創造それ自体の問いかけ、伝統を破壊して新しいものをつくるというイメージには、

暴力的な強さや脅威さえも含む。

命をかけて、社会運動をしながら、作品をつくるアイ・ウェイウェイの展覧会は、見る価値がある。

展覧会のパンフレットのアイ・ウェイウェイの写真では、自分の目を両手でまんまるく開いている。

よく目を見開き、注意して世界を、社会を見なさいということか?





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by Art-Chigusa | 2016-09-27 07:08 | Altri | Comments(0)

Mostra di Inchiostro Giapponese" Linea e Immagine"

E’ iniziato il 20 Settembre a Milano

“Mostra di inchiostro giapponese Linea e Immagine
: Artista Kazuko Kamiyama.
Rimarra’ aperta fino 1l 28 Settembre.
Presso Associazione culturale ARTE GIAPPONE
Vicolo Ciovasso 1 Milano

ミラノのモンテナポレオーネの地下鉄の駅から歩いてすぐ、3分のおしゃれな場所で、
20日から神山和子の、墨と線の作品の個展が開かれている。最近、日本も含めて、
中国やアジアのアートにイタリア人は以前よりも、関心を示しているように感じる。
若い人たちも、日本のアーチストの作品を購入するようになって来た。
「モダンな建築に日本的な絵は、合わせやすい」とか、「日本は神秘的で興味を惹かれる、新鮮だ」と言って、
私の絵を買ってくださったイタリア人も多い。
この展覧会では、「無限」、「水」「月」「風」・・と題された作品が見られ、
森羅万象、宇宙観、自然、心の中を見つめるような、日本美術の伝統的で哲学的なテーマを現代的に軽やかに表現していた。
純粋に表現する中(無駄を消して行って、残るかたち)洗練された中で、個性を出して行くことは、
難しいとも感じた。

この展覧会は、28日まで 
ARTE GIAPPONE Associazione CulturaleVicolo Ciovasso 1 Milanoで開かれている。
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by Art-Chigusa | 2016-09-26 00:36 | Altri | Comments(0)

ローマは五輪開催地、立候補を中止へ

CONI GELATO

この見出しは、22日付けのイル・マニフェストの見出しで、掛け言葉の見出し。
コーニ:イタリアオリンピック委員会:コーノはアイスの容器とジェラート
:アイスクリーム:凍結(冷たい)をかけている。
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2024年夏の五輪開催地にローマは、NO。
2020年東京五輪の次のオリンピックとなる2024年の、夏の五輪開催地の候補だったローマは、立候補を取り下げる方針を、21日午後、明らかにした。

ローマの新市長ヴィルジニア ラッジは21日、莫大な開催費用やローマ市民の反対などを理由に、招致反対する考えを示し、ローマは立候補を取り下げる表明をした。ヴィルジニア・ラッジ市長は昨日ローマで記者会見を開き、「オリンピックをローマで開けば、ローマの債務はさらに増え、市民の大半が反対している。招致を進めるのは無責任だ」と述べた。

イタリアのオリンピック委員会会長ジョバンニ・マラゴは「ローマが国際的なスポーツの中心都市になる機会が失われて残念だ」と失望を表明。レンツィ首相は市長の判断を尊重する考えを表明している。

フランスのパリ、アメリカのロサンゼルス、ハンガリーのブダペストの中から2017年9月に開催地が決定する。

五つ星運動の党首、政治リーダーのベッペ・グリッロは、「優秀なヴィルジニア、その調子で前進しなさい。会見を観たよ」と励ましている。

オリンピックの問題は、昔はオリンピック開催地となると、経済的にもイメージ的にも色々な恵みをもたらしていたが、どうも近年はそうなるとは限らないようだ。ましてや、市長が変わったばかりのローマは、オリンピックを利用して、ポジティブに転換することは、無理がある。逆に税金の無駄使いという見方の、反対する市民も多い。

オックスフォード大学の調査によると、オリンピックにかかる費用は、コントロールが難しく、過去の実際の費用は平均1.76%、予算よりも高額になっている。ローマはまだ1960年の五輪の負債も残っているという。2012年モンティ首相が、立候補しないと言った時に、イタリア市民は拍手した(ラ・プッブリカ)当時の失業率は9.3%、国債GDP比127%だったが、現在は更に悪化している。国債GDP比132.7% 失業率は11.5% 国債も若干増えている。

下の数字はイタリア急進主義政党による調査書類(1960年から2012年の五輪の予算以上にかかった費用の推移)

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しかし悲しい。この夏の終わりに、ジェラートは冷たすぎる。仕方ない。ローマはまず、解決しなければならない問題が山積している。
大好きなローマが、外見も内面も更に美しく、活気を取り戻すことを祈る。この美しいヴェルジニア・ラッジの改革によって。

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by Art-Chigusa | 2016-09-22 19:35 | Altri | Comments(0)

IL Nilo a Pompei : Museo Egizio

トリノのエジプト博物館に、9月15日行って来た。エジプトのカイロ博物館の次に、世界で2番目にエジプトの美術品の収集品が多いことで知られている。私がここを訪れたのは3回目で、今回は、大規模な企画展をしていた。2016年3月5日から9月4日までの予定が、10月2日まで展示期間が延長されていた。
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“ナイル川とポンペイ”古代ローマ世界の中のエジプトの視点―というエジプトの文化がギリシャ、古代ローマ(ローマ帝国)にいかに影響を及ぼしたか、7つのテーマに分けて探るというもので、ポンペイ文化財事務局、ナポリ国立考古学博物館の協力を得て、大規模なプロジェクトが実現した。
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この日の朝、友人に「エジプト博物館に行きなさいよ。いいわよ~」と、勧められた。でも過去行った時に、コスタンティノープル(東ローマ帝国:現在トルコ)の子供のミイラのところで、激しい動悸と頭痛がしたため、「ちょっと重い、やめとこうかな」という気分であった、でもこの日の朝、イタリアの一般紙コリエレ・デッラ・セーラが、勇気ある女性ジャーナリストで作家のOriana Fallaci の本を新聞と一緒に発売していて、“La paura e’ peccato”:“恐れは罪”というキャッチフレーズが目に飛び込んできた。もちろんジャーナリストの使命や義務というような別のもっと重要な意味を伝えていたのだと思うけど、そんな小さなメッセージにも心が動かされるもので、観に行くことにした。この展覧会も入ってすぐのところに、男のミイラが横たわっていて、やっぱり、動悸がして、手に汗をかいてしまった。「死んだ人が多くの人にこのようにみられるっていうのは、どういうものだろうか?・・彼の魂は成仏できているのだろうか?」などと考えると複雑な気持ちがするのである。右手に持った展示品を説明する音声ガイドは、壊れたように、何度も何度も繰り返し、狂ったように映像もチカチカとし、音声が違う音声とだぶって雑音になっている。エスカレーターを上っていくと、空間に一人になっていることに気づき、ますます心臓はバクバク、パニクッってしまった、展示回路がすこしわかりにくいのにも、苛立った。アー怖かった。
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美しい彫刻や、魅力的な象徴的な図、神格化した動物など見ていくうちに、周りに人も多くなって来て、だんだん落ち着いて、いつの間にか至福の時間を過ごしていた。「なあんだ、大丈夫じゃん」という気持ちになっていた。「ほっ」
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“Il Blu Egizio エジプトのブルー建築家ヴィトゥルヴィオ Vitruvioは、ブルーの絵具を最初に発明して製造したのは、エジプトのアレッサンドリアだったと語っている。ヴェストリオという当時有名だった商人が、製造を始めて、ポッゾォーリ(ナポリ)で産出、生産された。実際に、4王朝、エジプトに顔料があったことが、記されている。(紀元前2543-2436A.C)絵画にアズッロ:青が使われていた。シリカ(ケイ素の酸化物)銅や、銅の塊(クジャク石)石灰、ナトロン. と温めて混ぜてつくった“:という説明があった。
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ポンペイに行くのが夢だったが、イタリアに何年もいて、恥ずかしながら、まだ行ったことがない。東京に住む友人の画家は、毎年ポンペイに東京から行っていた・・・。トリノでその夢の、ポンペイ壁画を観ることになるとは思っていなかった。やっぱりかなり好きだ。絶対にポンペイ(ナポリ)に行ってもっと観ようと心に誓った。
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エジプトの絵は、日本の水墨画にもどこか似ているところがある。ポンペイのテンペラ画も日本画に似ているところがある。凄いと思ったのは、枕だった。エジプト人がつかった枕は、日本髪の女性の使っていた枕と同じだった。でもこの枕って、死んだ人を寝せたのかな、これで寝ていたのかな。
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by Art-Chigusa | 2016-09-19 23:43 | Altri | Comments(0)

ポピュリズム政党:ローマ市長ヴィルジニア・ラッジ

6月に行われた地方選挙によって、イタリアのローマの市長に、改革を促す「五つ星運動」から出馬した、
ヴィルジニア・ラッジが選ばれた。ローマ史上初の女性市長の誕生は日本でも大きく報道された。
この38歳の女性弁護士は、清潔感のある聡明な雰囲気の政治家だ。
過去には、ローマの前市長が、マフィアとの癒着が明るみにされて、公費流用疑惑で辞任、ラッジに改革の
期待がかかっている。

ところが、今3か月も経たたないうちに問題が出て来た。9月1日、ローマ市の経済評議員、執務委員長、水道、運搬、ごみ処理関係の代表議員(ラッジの助役)5人が、次々と辞任。ラッジがこのまま市長として続けて行けるかどうかが、注目されている。2日、ラッジは涙ながらも「続けて行きましょう」とコメント。「五つ星運動」の代議員副委員長ルイジ・ディ・マイオは、「まだ始まったばかり。「五つ星運動」の市長であることは、易しいことではない。この挑戦を受けて立つ」と宣言した。現在問題になっているのは、ごみ処理の問題で、ラッジの執行部の環境・評議員パオラ・ムラーロは、不正疑惑で捜査中であったことを、ラッジは知っていて、公にしなかったことも、問題視された。ラッジは、執務長と、「五つ星運動」の幹部には、話をしていたそうだ。

7日には五つ星運動の党首でコメディアンのベッペ・グリッロが、ローマの街頭に立ち、「パーフェクトではない。我々にもミスはある」と過ちを謝った。、ラッジは「私の背後には大きな協力者たちがいる。このまま前進する」と新たに、「五つ星運動」の団結とローマの改革の使命を果たすことを誓った。そして、ローマ市は2024年の五輪の候補地になっているが、ローマで実現できるかどうか、ローマ市の政治改革が可能か、今後が注目されている。

ごみ処理の問題はナポリやローマだけではなかった。ペルージャも2015年、ごみ処理の企業の14人が検察庁から尋問され、8人の不正が明るみに出て、一部の地域に環境汚染の深刻な問題を残した。
美しい緑の溢れるウンブリアはもとより、イタリアの私たちの食卓に上る、野菜や果物が、自然な汚染のない土からとれたものでなければならない。

「五つ星運動」政党は、批判運動から発展して、今や大きな影響力を持つ勢力政党に発展してきている。
シンボルである5星は、社会が守り抜くべき概念(発展・水資源・交通環境主義・インターネット社会)を指している。

ヴィルジニア・ラッジとともに、トリノでもキアラ・アペンディーノが同じ「五つ星運動」からトリノ市長に就任したが、批判することは簡単だが、経験のない若い政治家が、
実際に成果を上げることができるかどうかが疑問視されている。他政党の批判が多く、“リフォルマ”:“改革案”も、説得力に欠ける。しかし政治経験豊富で元トリノの市長ピエロ・フランコ・ロドリフォ・ファッシーノは、「批判するならば、まずここへ来てやってみてから言えばいい」と言っていた張本人が、実際に自分の座をとられることになったことは象徴的である。“誠実”を唱える「五つ星運動」どこまで、行けるのか?
イタリアには、政治改革を望む人が増えていることは明らかである。
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by Art-Chigusa | 2016-09-08 04:41 | Altri | Comments(0)

Dacia Maraini all'Universita' per Stranieri di Perugia

Ieri Lunedi' 25 Luglio 2016 L'universita' per Stranieri di Perugia
ha ospitato la scrittrice Dacia Maraini
イタリアの小説家・劇作家・詩人ダーチャ・マライーニが25日、ペルージャ外国人大学に招待され、アウラ・マーニャ音楽堂で講演を行いました。
映画監督、小説家、詩人、思想家、神話的な鬼才で、謎の死を遂げたピエル・パオロ・パゾリーニの話、
何と彼女はパゾリーニの下の階に住んでいたとか!
何年も生活を共にした重要なイタリアのネオリアリズモの代表的な小説家アルベルト・モラヴィアの話もあり、とても興味深い価値の高い講演でした。
モラヴィアは、恥ずかしがりで内気なパゾリーニとは逆の性格で
以外にも、外見の厳格な雰囲気と違って、陽気な楽しい人だったとか。
幼いころ、戦争中、日本で捕虜になっていた頃のこと(1943年両親や姉妹と外国人収容所へ移送された)も話していました。
ピノキオの童話の素晴らしさや、男女のあり方の変化、権利など、
最近亡くなったSkyTg24の45歳の女性ジャーナリストレティツィア・レヴィティの最期の挨拶にも触れて、その中でこの女性は「真実を報道する」重要性をシンプルに語り
人々の心を打ったという話などです。

Photo by Tanya Edda Clara Giacometti
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by Art-Chigusa | 2016-07-26 18:23 | Altri | Comments(0)

レオナルド・ダ・ヴィンチの生家 アンキアーノの村

1月私は風は冷たいが晴れ渡った気持ちのいい日に、何年も行きたいと思って行けなかった
レオナルド ダ ヴィンチの生家 ヴィンチ市近く、アンキアーノの村を訪れた。

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何て美しい人里離れた、山の奥、自然の美しいひっそりとした家。
車で連れて行って下さったヴィンチに住んでいる人が、言うには、
「レオナルドは変わった子供だったといわれている」ことだ。
「だって鶏とかを、子供なのに殺して解剖しちゃうんだからね」
「この村に、にわとりが居なくなると、レオナルドのせいだって言われていた、と聞いている」と。
レオナルド ダ ヴィンチは公証人セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチと農夫の娘カテリーナとの間に非嫡出子としてここで生まれた、つまり父親が子供と認められなかった、隠されていた子供だったということだが、それは何かこの天才を生まれさせるのに、影響しているのだろうか?

1452年4月15日に生まれ、1519年5月2日に亡くなった。絵画、彫刻、建築、
音楽、科学、数学、工学、発明、解剖学、地学、地誌学、植物学などなど、さまざまな分野で業績を残した「万能人(UOMO UNIVERSALE)」であるが、
このヴィンチの博物館には、飛行機、ヘリコプターの原形となるクリエイションや、自転車、時計、戦車の原形となるモデルなども展示されていて、ただただ驚くが、私の興味は、やはり彼の絵画に置ける神秘性だ。

初期の「受胎告知」は、色々な角度から見た遠近法の研究がどのように発展していったか、ここの博物館で見られる。
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レオナルドは生まれてから5年間このアンキアーノで母カタリーナと過ごしていたと言う。
1457年からは父と祖父母と、叔父のフランチェスコとヴィンチの都市部で過ごしたと言うが、都市部と言っても、小さな街だった。レオナルドの父はレオナルドが生まれるとまもなく、アルビエラという16歳の娘と結婚したが、この義母も若くして死去している。レオナルドが16歳の時には、20歳のフランチェスカ・ランフレディーニと再婚したが、父セル・ピエロに嫡出子が生まれたのは、3回目、4回目の結婚時だった。
それでもレオナルドはラテン語や幾何学、数学の教育を受けた。
有名な神秘体験 「ハゲワシが空から舞い降りて、ベッドで寝ていたレオナルドの口元をその尾で何度も打ち据えた」という子供の頃の体験は、このヴィンチで体験したのだろう。
そして、もうひとつの体験は、山を散策していたレオナルドが洞窟を見つけた時に、「何か化け物におびえながらも、洞窟の内部はどのようになっているのだろうか」という好奇心で一杯になったと記している
「岩窟の聖母」その幼児体験が生きてているのだろうか?私の最も好きな絵。

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観るものに考えるスペースを与える、子供になって空想できる広がりのある深い深い作品だ。このヴィンチにはそんな神秘的な空気が漂っていた。
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by Art-Chigusa | 2016-02-15 22:41 | Altri | Comments(0)

Fiorucci 追悼

大好きなフィオルッチが天国へ 天使に連れられて召されました

Suoi messaggi bellissimi da Gazzetta dello Sport

Love Therapy

...deve avere al centro dei valori spirituali profondi ...

Vorrei risvegliare le coscienze il pianeta sta soffrendo occorre cambiare e il cambiamento siamo noi . Basta sprechi, riscopriamo il valore dell'empatia

Grande maestro Fiorucci!

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エリオ フィオルッチ氏がミラノ自宅で亡くなった。80歳だった

さようら フィオルッチ
世界を驚かせたポップなファッションデザイナー

ウォーホールやマドンナとも交友があった 彼のスタイルは型破りだった
イタリアのファッション界では議論の的、主役の一人だった

1990年ブランドを手放したが、2003年「LOVE THERAPY」のプロジェクトで
帰り咲いた。ここ最近は、動物愛護の慈善事業を推進していた。

自由な魂を持ったエリオ フィオルッチ氏が、昨日ミラノ自宅 ヴィットリオ ベネト通りで亡くなった。ミラノ生まれ、17歳から彼のお父さんの部屋ばきのお店で働き始めた。
ミラノ中心街にあった。1962年独立し、1967年ガッレリア パッサレッラで、神話となるショップを開店した。そこがまさに唯一の美術館になった。

ロンドンに旅した後、イタリアに新しいポップアートのスタイルを持ち帰った。
1976年ニューヨーク 79番ストリートに開店し、アンディ ウォーホール、ジャン=ミッシェル バスキア マドンナなどから注目された。スタジオ54で、15周年を迎えて、そこから、ロサンジェルス、東京、シドニー、リオ、香港へと世界へ羽ばたいた。フィオルッチは80年代に一世を風靡した。90年経済的な危機により、日本のEdwin Internationalに売却した。しかし2003年再び、ポジティブなメッセージを送って帰り咲いた。Love Therapy 「私は商業的などんなビジネスでも、消費者が肌で感じることができる理解できる、深い精神性を持った核となるものがなければならないと思う。この深い精神的なベースがビジネスの倫理を支えて、競争を助ける」彼のフレーズは他にない。
彼の街EXPOの“大使”にノミネートされた。フィオルッチは隣人を愛す、他者に優しい人だった。自然や動物へ向けられた(「兄弟を食べないよ」と叫びベジタリアンになった)
「良心を呼び覚ましたい:地球は苦しんでいる。変えなければならない。変革は我々がするもの。浪費はやめよう。感情、共感の価値を再発見しよう」
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by Art-Chigusa | 2015-07-21 16:50 | Altri | Comments(0)
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ペルージャ在住 アーティスト


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