イタリアの風:Chigusa Kuraishi Blog

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Addio Alain Resnais !

アディオ アラン・レネ監督
偉大なフランス人映画監督が、3月1日の夜、91歳でパリで亡くなった。
私の映画への目覚めは、アラン・レネ、そして他のヌーベルヴァーグの監督たち
ゴダール、トリフォー、シャブロル、ルイ・マル、ロメールの映画にとってだった。
80年代私は東京のアテネ・フランセ フランス語学校に夜、映画を観に通ったものだった。
いつも学校の中の映画を上映する部屋はいっぱいで、列に並んで入り、通路にしゃがんで観た。
フランス語が全く分からないのに。字幕もなかったのに。
私はいつも酔いしれていた。

アラン・レネは1922年6月3日、フランスのヴァンヌで生まれる。ブルジョワの家庭で育ったが、喘息を乗り越えるために、自由に好きなことをさせて育てられた。
49年の短編「ヴァン・ゴッホ」が米アカデミー短編映画賞を受賞。ナチのユダヤ人虐殺を主題にしたドキュメンタリー「夜と霧」で注目される。 

1959年 マルグリット デュラスの脚本の 「二十四時間の情事」(ヒロシマ・モナムール)で長編映画に進出。多くのファンを生み。議論を呼んだ。


1961年にはアラン・ロブグリエ脚本の「去年マリエンバードで」でベネツィア国際映画祭の金獅子賞を獲得。実験的アバンギャルドな独特な個性の偉大な監督であることを証明した。

数年前に私は、イタリアの俳優アルベルタッツィにこの「去年マリエンバード」のことをインタビューで聞く幸運に恵まれた。彼はイタリア語を母国語とするが、“少し違うフランス語で話す”というような細かいことが、監督はとても気に入っていたという。なぜなら
主人公のデルフィーヌ・セイリグがこの外国人と知り合うという、違和感と恐怖が伝わるからだった。そしてココ・シャネルがデザインした衣装で、セイリグは白い羽根のショールを肩から外すシーンは何を表現したかったのか、愛の暴力をエレガントに美しく表現したのだ、ということをこのインタビューで理解したのだった。私のお気に入りのシーンだった。
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「対象とする観客が少なすぎる」とのアンドレ・マルローの判断から、第14回カンヌ国際映画祭への出品を拒否されたが、同年第22回ヴェネツィア映画祭で賞を獲得。
難解と言われた作風とともに注目を集めた。
脚本家アラン・ロブ・グリエによれば、黒澤明監督の「羅生門」に触発されてこの映画を製作したという。または、芥川龍之介の「藪の中」も下敷きになっていると言われている。

今から他のアラン・レネの映画も観たいと思う。
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by Art-Chigusa | 2014-03-13 19:52 | Comments(0)
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ペルージャ在住 アーティスト


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