イタリアの風:Chigusa Kuraishi Blog

art08.exblog.jp ブログトップ

Natale 2011 もうすぐクリスマス

昨日チェゼーナで入ったレストランに、銀色のステンレスでつくられた木に、
ランダムに小さな青りんごのような球が飾られたクリスマスツリーをみて、
「オリジナルでアーティスティック」と思ったが、今日のトリノの
新聞、ラ スタンパに、アメリカやヨーロッパでは、今年ほど本物の
モミの木ではなく、リサイクルの枯れ木や、紙を利用したクリスマスツリーが
流行している年はないと記載されていた。
これは、いいことだと思う。今まで大量にモミの木が切られて、
クリスマスの後には捨てられるなんて、あまりにもエコロジーに反する。

それとともに、最近は子供たちが“サンタクロースはいない”と思っていて、
夢や幻想を抱けなくなっているとも議論されていた。
昨夜の夕食の席でも、「大人の顔を持った子供」のことが話題に上がったが、
時代とともに子供が子供らしくできない問題も、現代社会は抱えている。

私の息子が小さい頃は、まだサンタクロースへの手紙を書いたりして、
信じていたし、イタリアでは、1月6日:エピファニア(公現祭:ギリシャ語
エピファネイア:επιφάνεια:現れ、奇跡的現象)を祝う習慣がある
:人としてこの世に生まれたイエス・キリストが神性を人々の前で表したこと
を記念するキリスト教の祭日だが、魔女の日と呼ばれ、いい子にキャンディー、
悪い子には石炭をプレゼントする。だからサンタクロースはお父さん、
エピファニアはお母さんが、子供にプレゼントをする日という感じがするが、
魔女の日は、いい子にしたか、悪い子だったか子供たちは評価もされる。
この魔女の日に、私の女性の友達が魔女に扮装してテラスから黒いマントと、
三角巾と鷲鼻をつけて、プレゼントを持ってきた。息子は恐れて、
震えて近づかなかったが、魔女がいなくなったとき、
「あれはマーラおばさんに似ていたよ、それに同じ靴を履いていた!」
と叫んだ。さすがに靴も慎重に変えなければ気づかれてしまうとは!
私の友人も思っていなかったようだ。子供ってよく見ているものですね。

家族が崩壊して、伝統も失われて行き、子供たちもだんだん、
あまりにも早く大人になってしまう、夢や幻想を大人が守れないのは悲しいことだ。
クリスマスは子供だけが明るいお祝いで、大人はいなくなった家族を思い出す、
最も悲しい日となってしまう。私の場合、主人のお父さんと、主人のお姉さんの、
大パーティーで一緒に過ごした楽しい思いで胸が痛くなる日でもある。


f0178334_19335512.jpg

[PR]
by Art-Chigusa | 2011-12-19 19:34 | Comments(0)
line

ペルージャ在住 アーティスト


by C.K
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30