イタリアの風:Chigusa Kuraishi Blog

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La Basilica di San Nicola

La Basilica di San Nicola nel cuore della città vecchia di Bari, è uno dei più
fulgidi esempi di architettura del romanico pugliese.

In stile romanica fu costruita tra il 1089 e il 1197, durante la
dominazione normanna.

La tradizione vuole che la Basilica sia stata eretta a seguito dell'arrivo
a Bari di un gruppo di marinai baresi (partiti alla volta di Myra in Turchia)
in possesso delle spoglie di San Nicola.
La realizzazione della Chiesa è legata alla volontà di ospitare
e custodire le reliquie del Santo (depositate in una abbazia
benedettina il 9 maggio 1087) la cui venerazione riguarda
anche la dimensione ortodossa.


Leggende narrano che in realtà la basilica fu costruita per
celare il Sacro Graal, il calice dal quale Cristo bevve nel giorno
dell'Ultima Cena con gli apostoli. A fondamento di questa leggenda
Bari era il porto dal quale crociati e gente di ventura partiva per
la terra santa, quindi era ritenuta una città ai margini dell'impero,
ma nello stesso tempo pregna di sacralità.
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バリの聖ニコラウスの聖堂に行きました。
サンタクロースの起源とも言われる、この聖人の絵をみると、
金のたまを3つ持っているのですが、あれは何を意味しているのでしょうか?
ウィキペディアでは以下の説明があります。
ニコラオス(270年頃 - 345年または352年12月6日)はキリスト教の司教(主教)、
神学者である。小アジアのローマ帝国リュキア属州のパタラ(Patara)
の町に生まれた。1087年にイタリアのバリ に聖遺物(不朽体)が移された。
聖人の概念を持つ全ての教派で、聖人として崇敬されている。
4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教(主教)、キリスト教の
教父聖ニコラオス(ニコラウス)の伝説が起源である。
無実の罪に問われた死刑囚を救った聖伝も伝えられている。
「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの
出来ない家の存在を知った。
ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れる。
このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていたという。
この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた」という逸話が残されている。
靴下の中にプレゼントを入れる風習も、ここから来ている。
また、ニコラオスは学問の守護聖人として崇められており、
アリウス異端と戦った偉大な教父でもあった。教会では聖人として列聖されているため、
「聖(セント)ニコラオス」という呼称が使われる。これをオランダ語にすると
「シンタクラース」である。オランダでは14世紀頃から聖ニコラウスの命日の
12月6日を「シンタクラース祭」として祝う慣習があった。その後、
17世紀アメリカに植民したオランダ人が「サンタクロース」と伝え、
サンタクロースの語源になバリの聖ニコラウスの聖堂に行きました。
サンタクロースの起源とも言われる、この聖人の絵をみると、金のたまを3つ持っているのですが、あれは何を意味しているのでしょうか?
ウィキペディアでは以下の説明があります。
ニコラオス(270年頃 - 345年または352年12月6日)はキリスト教の司教(主教)、神学者である。小アジアのローマ帝国リュキア属州のパタラ(Patara)の町に生まれた。1087年にイタリアのバリ に聖遺物(不朽体)が移された。聖人の概念を持つ全ての教派で、聖人として崇敬されている。
4世紀頃の東ローマ帝国小アジアの司教(主教)、キリスト教の教父聖ニコラオス(ニコラウス)の伝説が起源である。
無実の罪に問われた死刑囚を救った聖伝も伝えられている。
「ある日ニコラウスは、貧しさのあまり、三人の娘を嫁がせることの出来ない家の存在を知った。ニコラウスは真夜中にその家を訪れ、屋根の上にある煙突から金貨を投げ入れる。このとき暖炉には靴下が下げられていたため、金貨は靴下の中に入っていたという。この金貨のおかげで娘の身売りを避けられた」という逸話が残されている。靴下の中にプレゼントを入れる風習も、ここから来ている。
また、ニコラオスは学問の守護聖人として崇められており、アリウス異端と戦った偉大な教父でもあった。教会では聖人として列聖されているため、「聖(セント)ニコラオス」という呼称が使われる。これをオランダ語にすると「シンタクラース」である。オランダでは14世紀頃から聖ニコラウスの命日の12月6日を「シンタクラース祭」として祝う慣習があった。その後、17世紀アメリカに植民したオランダ人が「サンタクロース」と伝え、サンタクロースの語源になったようだ。
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・・・・・・あの3つの金のたま、円は金貨かな?
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by art-chigusa | 2010-12-22 19:01 | Comments(6)
Commented by fumieve at 2010-12-23 18:10
わ~い、写真アップ、ありがとうございま~す!

やっぱりいつか一度は行ってみないと・・・。
Commented by art-chigusa at 2010-12-24 07:13
私もこのバジリカしか時間がなくて、見られなかったのですが、 Castello Normanno-Svevoの中にすごいモザイクがあったそうですよ。今度行ったらみたいです。
Commented by REI at 2010-12-24 21:06 x
この聖人がサンタさんの起源ですか。なるほどフサフサの白い(?)お髭・・・サンタさんといえば北欧のイメージですがバリに起源があったとは。 展覧会は1月15日からです。追い込みです。絵の出来上がるスピードに額がおいつきません。クリスマスもお正月もありません。なんとか間に合わせないと・・来年は他にも6つの個展がひかえてます。仕事があるうちが花!と思い頑張るよ!また絵、描いたらどんどんアップして見せてね。楽しみにしてます。 boun natale!
Commented by art-chigusa at 2010-12-26 03:18
Buon Natale a te a Famiglia ! Auguri per la mostra.
毛利さんにも宜しく。どんな展覧会かまた送って見せてね。
頑張って下さい。
玲ちゃん、膠って一回粉末のテンペラでといたら、
使い切れなかったら、ゼラチンみたいになったのを、また使う時には温めてつかえばいいの?何しろ、支持体から手探りなもので・・・
Commented by REI at 2010-12-26 23:16 x
テンペラの粉末というと、テンペラメディウムも入ってるのでしょうか。顔料だけかな?顔料を膠で溶いたものなら日本画の絵の具と同じだから湯煎で溶かせば使えます。膠は60度以上になると接着力がなくなるし、冷蔵しておいてもゼラチン質が液体になってしまうようなら腐り始めているので使えません。と、旦那は申しております。生もので、濃い目のゼリーみたいなものだからそんなには長くはもたないですね。
Commented by art-chigusa at 2010-12-26 23:42
ありがとうございます。基本的には使い切る分量だけ溶くように
気をつけます。確かにすぐに腐ってしまいますね。
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ペルージャ在住 アーティスト


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